人にみる公衆衛生の歴史・8
石原 修(1885〜1947)—結核の社会医学的解明
川上 武
1
,
上林 茂暢
1
1杉並組合病院内科
pp.690-691
発行日 1971年11月15日
Published Date 1971/11/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401204376
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日本の衛生学が国民にこたえた最初の業績は「女工と結核」である.われわれは,このことを2つの側面より明らかにすることができる.まず,国民病・社会病といわれ,国民がなによりも解明をのぞんでいた結核をとりあげたことにあった.第2に,伝染病としてのみあつかわれてきた結核にたいして,工場と農村における労働と生活の場よりせまっていった方法上のユニークさが認められる.
これらの点こそ,衛生学の基本と考えざるをえない.また,「女工と結核」がオリジナリテイをもった日本医学の数少ない業績の1つとされる所以でもある.労働災害・職業病・公害病が増加しているのみならず,一般病としての性格をおびてきた今日,衛生学はあらためて,このような方法を確認する必要があるのではないだろうか.
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