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はじめに
2010年に宮崎県で発生した口蹄疫は,地域の畜産業のみならず,関連産業を含め社会全体に大きな影響を与えた.この発生において殺処分された家畜は,発生確認から終息するまでの2か月半あまりの間に29万頭に及んだ.これだけ短い期間にこのような家畜の大量処分が行われたことは過去に例がなく,国際的に最も警戒される口蹄疫という伝染病の恐ろしさを見せつけた結果となった.口蹄疫は現在も多くの発展途上国で発生しており,度々清浄国に侵入して甚大な被害を引き起こしている.1997年に台湾で発生した口蹄疫は短期間で台湾全土に拡大し,豚肉の輸出市場を失ったことにより台湾経済に甚大な被害をもたらした.台湾では,10年以上経過した現在もなお全面的なワクチン接種によって防疫が行われている.2001年にヨーロッパに侵入した口蹄疫は,英国では650万頭,オランダでは27万頭に及ぶ家畜が殺処分されるに至り,発生国のみならず,国際社会にも大きな衝撃を与えた.
口蹄疫のように国境を越えて伝播し,畜産業に大きな被害を与える家畜の伝染病には,高病原性鳥インフルエンザ,豚コレラ,アフリカ豚コレラ,小反芻獣疫など多く疾病がある.このような国境を越えて感染が拡大する疾病に対しては,国際的に協調してその監視と防疫を行う必要があり,FAO(国際連合食糧農業機関)やOIE(国際獣疫事務局)などの国際機関を中心として様々な取り組みが行われている.しかしながら,発展途上国においては未だ多くの悪性家畜伝染病がまん延しており,畜産振興の大きな阻害要因となっている.一方,近年のように国際的な人の交流や物流が活発化している状況においては,家畜伝染病の清浄国にこれらの伝染病が侵入するリスクは増大している.かつて島国である英国や日本は,地続きの国境を有している国に比較して疾病の侵入防止上有利であると言われていたが,輸送手段が発達した現代では,英国や日本での口蹄疫発生を見るまでもなく,必ずしも有利な状況にはないことは明らかである.
このような状況においては,水際対策として伝染病の侵入防止に万全を尽くすことはもちろんのこと,侵入時の対策が極めて重要になる.日本では,都道府県を中心とする家畜防疫のネットワークが全国を網羅するように整備されており,海外からの家畜疾病の侵入時のみならず,国内に常在する疾病に対しても常時対応可能なシステムが構築されている.
本稿では,日本の家畜防疫体制などについて概説するとともに,家畜防疫の現状と課題について若干の考察を行った.
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