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Ⅰ.はじめに
わが国では、保護者のいない児童、被虐待児など家庭環境上養護を必要とする子どもたちに対し、公的な責任として、社会的な養護が行われ、その多くは、乳児院や児童養護施設で暮らしている(厚生労働省,2020)。一方、社会的養護を受ける機会さえも逸した、児童虐待の末の虐待死も深刻な社会問題として顕在している (厚生労働省,2019a)。2019年厚生労働省が都道府県を通して把握した児童虐待による死亡事例58例(65人)の検証結果では、死亡した子どもの年齢は0歳が28例(28人)と最も多く、さらに月齢0か月児(新生児)が14例(14人)であった(厚生労働省,2019b)。これらの事例は、出生後まもなく、あるいはそれほど育児をされることなく死亡していることになる。このような痛ましい事件を引き起こした加害者となる実母(厚生労働省の報告では父親の状況に関する報告はない)が抱える問題には、「予期しない妊娠/計画していない妊娠」「妊婦健診未受診」「自宅分娩(助産師などの立ち会いなし)」などの報告がなされており、妊娠したことに苦 慮した様子が伺われる。
国は、児童福祉法に基づき、養育上の公的支援を妊娠中から要するような環境にある妊婦を「特定妊婦」と定め、産科医療機関と行政機関が情報交換を行いながら出産後に養育が難しい妊婦を継続的に支援している。しかし、「予期しない妊娠」をしたものの経済的に中絶する資金がなく時間が過ぎてしまったり、妊娠に気づいた時にはすでに妊娠22週を過ぎ中絶もできない状況に至った末に、未受診で出産することになったり、時には医療機関ではない場所で一人で出産したりするケースなど、子どもたちの命だけでなく自身の命も危険にさらされる事態に陥っている女性も存在する。
こうした女性たちの多くは、妊娠届を出さないまま出産しており、児童福祉法は何の役目も果たさないことは想像に易い。生まれた子どもを前に窮地に立たされ、目の前にいる子どもを殺害し遺棄したり、置き去りにしたりするしかなく、最終的に逮捕されてしまう女性たちと子どもたちを何とか救済することはできないものか。
日本では、2007年に熊本県にある慈恵病院が唯一、このような状況下にある女性たちに目を向け、育てられない赤ちゃんを匿名で預けることができる「こうのとりのゆりかご」(マスコミが使用した言葉として、赤ちゃんポストとして知られている)の運用を開始した。慈恵病院は、公的機関や医療機関を頼ることができず、社会的養護を受ける前に、遺棄されて命を落とす新生児や人工妊娠中絶で失われていく命を救いたいという思いから、匿名で子どもを預かる施設として「こうのとりのゆりかご」を開設した。開設にあたり、「子どもの命の救済派」と「親の子捨て助長派」という世論を二分する形で議論された。さらに、「こうのとりのゆりかご」の設置にあたっては、「中高生の性の乱れ」「望まぬ妊娠(の容認)」「親子関係の断絶」など、民間の一医療機関が匿名で赤ちゃんを預かることに対し、全国的に賛否両論の意見が巻き起こった(熊本県立大学,2010a)。慈恵病院の「こうのとりのゆりかご」には、2007年に設置されて以来、2016年までの10年間に全国から累計130人の子どもたちが預け入れられている(熊本市,2017)。運用に関しては単に子どもだけの受け入れでなく、電話相談や面接相談を一体的に運用しており「積極的に評価できる」と報告(熊本市,2017)されており、社会的養護を必要とする子どもや女性の支援に一定の役割を果たしている。しかし、慈恵病院に次ぐ救済施設は、国内にはまだ現れておらず、社会的養護を受けることさえ叶わないまま、命を落とすことになる子どもたちや、育てられない子どもを産んだことを契機に逮捕される女性が後を絶たない実情からも、女性や子どもたちの健康的な生活や養育環境の整備に向けて、積極的な支援体制の構築が必要ではないだろうか。
児童虐待などの末、亡くなる命がある一方で、子どもを育てたいと願う夫婦の存在も忘れてはならない。現在、公的機関に養子縁組里親登録する夫婦は、4200世帯を超え、その数は年々増加している(厚生労働省,2020)。このような実態の背景には、不妊治療の終結後に子どもを育てたいと切に願う夫婦の存在がある。養子縁組里親に登録する夫婦らの多くは、実子として子どもの養育を希望しているものの、養子を迎え入れることができる夫婦は年間300件程度にとどまっている現状である。子どもを育てたいと願う夫婦に命をつなぐことが出来れば、子どもの命の保障と危機的状況から母親の救済に貢献することに加え、子どもを育てたいと願う不妊治療を終結した夫婦に対しても、大きな幸福をもたらすものとなる。
そこで、慈恵病院が「こうのとりのゆりかご」を設置するにあたり参考にしたドイツのBabyklappe(以下、ベビークラッペとする)の設置までの背景や運営の実際を知り、日本への応用の可能性を探るべく視察調査を計画した。
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