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佐保の朝霧
及川 英雄
pp.53-60
発行日 1952年3月10日
Published Date 1952/3/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662200253
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障子を開けると,柱鏡は,べつとりと曇つてしまつた。佐保の朝霧と,古歌にも知られている山間の盆地であるが,今朝は宿の者さへ驚くほどに霧は深かつた。そして,きまつたように朝々を旋風のように渡る鴉の大群も,今日はたゞ濃霧の中からいんざんな声が聞こえてくるだけだつた。
殿村千世は,保健婦のユニフォームに着更へると,廊下の古ぼけた藤椅子に腰を下して,やがては昼の太陽に描き出されるであろう豪壮な鷹塚山の秀峰を想い描きながら,ぼんやりと,霧の流れ動くさまを眺めていた。
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