特集 心理学
実験心理学のはなし
小川 隆
1
1慶応義塾大学
pp.58-63
発行日 1958年4月15日
Published Date 1958/4/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661910587
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実験心理学の昨日と今日
心に関する学問は既に古くアリストテレス1)によつて功妙に組織立てられていたが,それはもとより近代の実験科学としての方法によつていたのではなかつた。観察と実験をもとにしてたてられた予測を,再び実験的に検証して行くというような科学的基礎の上に,心の働きが研究され出したのは,19世紀に入つて有名なヴント2)が実験心理学を創設したころからである。当時の実験心理学は18世紀末葉からいちじるしく進歩した感官や神経組織に関する生理学的研究に負うところが大きいが,ヴント自身,はじめは生理学の研究に携つていたのである。必然的にヴントの実験心理学は個人の心理学として出発したもので,彼が晩年,原始人の心理に関して膨大な研究を纒めたこととは独立していた。
ヴントはみたり,きいたりする直接経験に対して,光とか音とかいうものの性質は,そういう直接経験から推論し,構成した間接経験であるとした。光とか音とかいう物理的性質は物理学の発達によつて波動とか粒子とかさまざまな概念に置き換えられては行くが,個人の直接経験ではなく,客観的な手続によつてその存在が確められる。しかし,みたり,きいたり,或は喜んだり,悲しんだり,欲したり,嫌がつたりする心の働きはそれを直接経験する個人によつてのみ確められるもので,そういう直接経験を取扱う科学として実験心理学を打立てようとしたわけである。
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