扉
広告のビラ
pp.13
発行日 1957年6月15日
Published Date 1957/6/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661910366
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或る時,私が東京の神田通りをいそいで歩いていた時に,突然眼の前に一枚の紙片を示され,手渡しされた。突差のことなので,その人の顔をチラとみただけで紙片を受け取つて歩き乍ら眼を落してみた。それは神保町辺に今度新しく出来た喫茶店の広告なのであつたが,特徴があつて,毎日きまつた作曲家の世界名曲をきかせる音楽喫茶なのであつて,4月20日,モーツアルト,イ短調作品15,4月21日,メンデルスゾーン,ハ長調,といつた具合に書てあつて,その店の名も,もう忘れたけれど仮名文字でかいたフランス名であつたし,広告の構図も仲々しやれたものであつた。
又,或る別の時,人を待つ約束で,新橋近くの電車通りの一隅にたつていた時,何分間か待つている間に何気なく眼にとまつた広告くばりのことである。この人の前を私は通つて来たのであつたが,私にはビラを渡してくれなかつたのである。それで何となくその人の方をみていた。特別眼につくようなかつこうはしていない男の人で,たえ間なく流れる人波の中から,若い男の人だけに渡しているようだ。而も,一見しやれ者みたいな感じのする人に。サンドウィッチマンなどは,手にもつているビラを誰彼のみさかえなく渡し,早く全部渡しおわつてその仕事をすましてしまえばよい,といつた感じにみえる。
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