- フリーアクセス
- 文献概要
- 1ページ目
「世界に誇る甲状腺専門病院」である隈病院は2022年,創立90周年を迎えた。同病院の病理診断科・科長である廣川満良先生がこのたび,『超音波・細胞・組織からみた 甲状腺疾患診断アトラス』を上梓された(執筆協力:樋口観世子氏,鈴木彩菜氏)。廣川先生は1978年,川崎医大を卒業後,病理診断の分野で経験を積まれた。とくに1984年に参加されたJohns Hopkins大でのJohn K. Frost教授によるPostgraduate Institute for Pathologist in Clinical Cytopathologyにインスパイアされ,細胞診の世界にのめり込まれたという。2006年,隈病院に入職され,年間8000例の甲状腺細胞診と2000例の甲状腺手術標本の病理診断という圧倒的な経験を積まれるとともに,数多くのプライオリティの高い研究論文も発表され,甲状腺専門の細胞診・病理医として,その名を世界にとどろかせている。廣川先生はまた病理医や細胞診断士の育成にも尽力され,「神戸甲状腺診断セミナー」を毎年,企画・開催されてきたが,本書にはそのエッセンスが盛り込まれている。
第Ⅰ章「診断における基本的知識」では甲状腺疾患の診断法について,細胞診の手技を中心に解説されているが,QRコードにより具体的な手技を動画で見られるのは画期的である。第Ⅱ章「主な甲状腺疾患の臨床・組織・細胞所見」では非腫瘍性疾患,良性腫瘍,境界悪性および悪性腫瘍について数多くの図版とともに詳細かつ明確に解説されている。第Ⅲ章「細胞診標本の見方・報告様式」,第Ⅳ章「細胞診における主な鑑別疾患」では細胞診で注目すべき所見について,廣川先生一流の科学的観察眼と論理的表現力が存分に発揮され,素人目にはともすれば直観的で判じ物のように思えてしまう細胞診における目の付け所(ベスト・アプローチ)が明示されている。とくに濾胞腺腫と濾胞癌や濾胞性腫瘍と濾胞型乳頭癌,リンパ球優位橋本病とMALTリンパ腫など甲状腺を扱う医師の悩みの種である困難きわまりない鑑別診断についても明快な回答が用意されており,明日からの臨床にすぐさま役立つであろうこと必至である。そして,本書のクライマックスは第Ⅴ章「甲状腺疾患アトラス」である。87もの多彩な症例のそれぞれについて,超音波画像を含む臨床所見,細胞診画像,病理組織像が美しく示された上で的確な解説が加えられており,あたかも隈病院に留学したかのような妙味を味わうことができる。隈病院から発信された研究成果を中心に甲状腺臨床の重要な知見を集めた「ワンミニッツ講座」や甲状腺に関する歴史雑学を集めた「甲状腺トリビア」も有益で楽しい。さらに文献一覧においては,多くのオープンジャーナル掲載の論文が示されており,さらに知識を深めることも可能となっている。甲状腺疾患に対する総合的臨床能力を鍛えたい者にこの上なく役立つのはもちろん,ある程度経験を積んだ者にとっても,さらに目を肥やすことができる必携の書であると言える。日本の甲状腺疾患診断学の到達点を示した本書が,近い将来,英語版でも発行されることを期待したい。
Copyright © 2023, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.