書評
Mary Dobson(著),小林 力(訳)「Disease人類を襲った30の病魔」
茨木 保
1
1いばらきレディースクリニック
pp.873
発行日 2010年6月20日
Published Date 2010/6/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1407103099
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本書は病気を切り口にした医学史書です.ペスト,コレラ,天然痘などのパンデミックはこれまで,戦争以上に多くの人命を奪ってきました.異文化の接触のたびに病原体の交流が行われ,それはしばしば一つの文明を滅ぼすほどでした.人類の歴史とは感染症との闘いであったといっても過言ではありません.本書ではそうした歴史が,疾患ごとに見開き8ページ前後で解説されています.各章の長さは,診療の合間に読むのにもちょうどよいボリューム.そして何より一番の特徴は,誌面のビジュアル的な美しさでしょう.B5判全ページカラー,いずれのページにも医学の歴史を伝える貴重な絵画や生き生きとした写真が満載.医薬史研究家の小林力氏の流麗な邦訳と相まって,圧倒的な迫力で読者を時間旅行にいざなってくれます.まさに目で見る医学史の決定版といえるでしょう.
医学の進歩には「闇」がつきまといます.学者たちはしばしば,疾患の原因を突き止めるためにぞっとするような実験を行ってきました.感染症説を否定しようと,コレラ菌入りのフラスコを飲み干したペッテンコファー,ペラグラの感染を否定するため,患者の汚物を飲んだゴールドバーガー,患者を用いてハンセン病の感染実験をしたために,医学界を追われたハンセン,梅毒の経過を調べるために,患者を無治療のまま追跡調査したアメリカのタスキギー研究……本書はそうした医学の闇についても容赦なく切り込みます.それらには倫理に反する試みも多いのですが,安全で衛生的な社会に生きる現代人は,先人たちの闇の果実の恩恵にあずかっているのだという事実もまた,認めなければなりません.
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