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■はじめに
予期せぬ災害が人間を襲ったとき,身体的被害の有無にかかわらず心理的な影響が残ることは以前から認識され,科学的研究のテーマになってきた。また,主に社会学者,心理学者などが,人の心身への影響ばかりでなく,災害によるパニック,流言飛語,情報伝達,地域崩壊とコミュニティの再建などの問題を研究対象としてきた。精神医学分野での研究は,外傷神経症,災害神経症の名称で,鉄道事故や鉱山災害の被災者に関して始まったようである31)。しかし,精神医学が災害の長期予後に注目したのは1950年代に入ってからであり,比較的歴史は浅い。
欧米における災害研究は近年ますます活発に行われている。対象となる災害は,自然災害から火災や事故,犯罪,戦争まで幅広い。そしてその心理的影響は,被災直後ばかりでなくその後長期間にわたって残り,なんらかのケアを必要とするものだ,ということは,欧米の研究でしばしば指摘されてきた。それに対して日本では,災害に伴う心理的影響についての精神医学的研究はあまり行われていない。わが国では,災害の被災者に対して精神医学や臨床心理学が関与する余地が,今のところあまりないのかもしれない。しかし火山噴火や地震,水害,事故などの災害を完全に避けることは不可能である。現状では,研究を実際に行うことには困難が伴うであろうが,被災体験を後に役立つ知恵として生かすような研究の蓄積が,わが国でも必要なのではないかと思われる。そのためには,被災者の体験を正当な方法で記録し,可能なかぎり客観的な評価を加えることが必要である。そこで本論では,このような災害の心理的影響についての精神医学的視点からの研究を紹介し,その方法論について論じたいと思う。
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