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はじめに
精神科領域において意識障害について論じようとする場合,臨床的有用性を重視するのか17),それとも意識という概念そのものに取り組もうとするか14)によって論じられるべき対象に若干の齟齬が生じてくる。たとえばEy Henriの意識野6)という概念を突き詰めて考えると,現前の成立という哲学的な議論が必然的に必要になってくるし,したがって,統合失調症のある種の病態をも意識障害の範疇において考える必要が出てくる。統合失調症を意識障害論の範疇で論ずるのは,より神経学的な意識障害論の方向に親和性を高めている昨今の我々の医学的な思考の流れからは違和感があるが,意識障害を現前の成立の問題として広く考える立場は,精神医学においては実際は伝統的であって,そもそもKraepelinの意識障害論には「外的刺激を内的印象に変化させる過程」の障害という文言がみられ19),Mayer-GrossはKraepelinのこの考えを外的印象を一定の意味を帯びた内的印象に変化させること,すなわちゲシュタルト形成することであると再定義してより明確化している21)。ゲシュタルト形成とは現前の成立という概念と実際にはきわめて近い。
しかしながら,意識障害という言葉を臨床で用いる場合,統合失調症における現前の成立の揺らぎまでをその範疇に入れると実際上の使い勝手は悪くなってしまう。その理由は,意識障害という術語には,外因性・器質性の障害を鑑別するという役割が医学においては伝統的に割り当てられてきたからであり17),意識障害が存在すると判断することはしばしば外因性の障害であるという意味を含意してきたからである。この点に注目し,意識障害を急性一過性の大脳機能全般の不全症候群としてとらえ直そうとする試みも古くからあり,Bonheofferの急性外因反応型,DSM-IIの脳器質性症候群“organic brain syndrome”の急性型といった概念はそれぞれカバーする範囲に微妙なずれはあるものの,いずれも器質性であること,急性一過性の状態であること,脳の特定の部位に限局した病巣によるものではなく脳全体の機能低下によるものであることなどで枠づけられる病態を一つにくくって検討することで,意識障害という言葉を巧みに回避しつつ,急性に出現した逸脱行為あるいは行動異常が器質因を持つ場合の特徴を抽出して,心因性や内因性の病態とそれとを弁別する手助けにしようとするものであった。
こうした接近方法は確かに意識という困難な用語を回避し得る利点があるが,意識という概念は法体系を含めた我々の近代社会の成立にきわめて深く関与しており,意識障害の概念を回避した場合,実践的にはきわめて使い勝手の悪い分類体系が出現してしまう場合がある。
意識論は,昨今,本邦においても盛んに論じられつつあり,たとえば神経心理学の視点から大東による卓抜な総説が最近発表されている22)。神経心理学的な立場からの総説としては大東の論考は非常にスタンダードで現時点でのこのトピックに関する話題はほぼそこで尽くされていると言ってもよい。したがって,屋上屋を重ねないために,本稿では臨床実践において意識障害概念への取り扱いの問題が混乱を引き起こしている具体例を,せん妄と新国際てんかん発作分類を例にとって提示し,そのうえでEy,Damasio,Edelmanの意識論を題材にして各論説への批判的な展望を行った。
紙幅の関係ですべての文献を挙げられなかったこと,またせん妄の項は「精神科治療学」で刊行予定の拙論を抄録したものであることをあらかじめ断わっておく。
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