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はじめに
悲嘆臨床では,しばしばトラウマ性のある死別体験が反復して語られ,決して取り返すことのできない喪失に基づくさまざまな強い感情を受けとめなければならない。「なぜあの人が亡くなったのか」という遺族の嘆きは,憤りとともに,答えることのできない問いを投げ続ける。
悲痛な体験を聞くなかで,代理外傷という支援者自身がトラウマを受けたかのように感じること,また,共感疲労のように,疲れ果て,共感する力が消耗し,感情が麻痺したりして,最終的にはバーンアウトして労働意欲が続かなくなってしまうことがある(宮地,2011)。
悲嘆臨床に従事する支援者は,代理外傷とまでいかなくとも,喪失感情をその度に感じるかもしれないし,無力感や支援者自身の喪失体験にも触れるため,感情疲労におそわれることも少なくないのではないだろうか。
今回私たちは,遊びの一環で,交互に箱庭作品を作った。箱庭づくりを実施した日は,2024年1月1日の能登半島地震が起こったちょうど1週間後であった。被災地で直接支援していたわけではないものの,筆者それぞれがトラウマや病的悲嘆の臨床・研究に従事しており(宮地,2011,2020 ; 清水,2020),東日本大震災などの記憶が想起され,当時の喪失やトラウマに苦悩する患者たちの記憶,支援者として感じてきた葛藤も呼び起こされていた。あるいは,単に,能登半島地震の衝撃がきっかけで,普段から気づかぬうちに抱えていた慢性的な感情疲労が顔を出したのかもしれない。いずれにせよ,言葉でまとめきれないどんよりとした気分にその日は二人とも襲われていた。しかし,思いつきで始まった箱庭づくりは,その気分を徐々に晴らしていき,最終的に,感情疲労の軽減と活力の回復を感じたのである。いったい私たちになにが起こったのであろうか。
本稿では,これらの感情疲労が軽減し,活力が回復していった要因やプロセスについて観察してみたい。これまでもThe Squiggle Game(以下,スクイグル法)やMutual Scribble Story Making(交互ぐるぐる描き投影・物語統合法以下,MSSM)をはじめ,交互でおこなう遊戯療法は臨床現場で実践されてきたが,今回は,箱庭を用いて交互に遊戯療法をおこなったともいえる。この仮に「箱庭交互療法」とするものの意義について,一つひとつの箱庭作品と,一連の箱庭作品を一つの作品として振り返り,制作中とその後の気づきをもとに考察した。
ここで,感情疲労とは,怒り,悲しみ,不安などの全般的な感情による疲労をさす。共感疲労も感情疲労に含まれるが,他者との関わり,とくに支援する中で生じることが前提の感情疲労である。今回,結果的に和らいでいた私たちの疲労が,共感疲労だけとはいい切れないため,広く感情疲労と記載している。

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