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本書は、あらゆる事象に対して関心をもちそれを深く探究するという、上田剛士先生の姿勢を学べるという意味で、類書のない珠玉の一冊だと思います。本書の最大の魅力は、臨床の現場で医師が出合う素朴でありながら、あらゆる奥深い問いに対しエビデンスをもって丁寧かつユーモアと共に答えている点にあります。例えば「雨に濡れると風邪をひくのか?」という古典的な疑問は、誰しも一度は考える問いかもしれません。かくいう自分も先日の午後、買い物帰りにひどい通り雨に遭い銀座4丁目の地下通路に逃げ込んだとき、このことをふと考えたので、何だか剛士先生に見透かされたような(?)既視感を覚えました。剛士先生の素晴らしいところは、この問いに対し過去100年近くの介入研究やメタ解析、気道感染症の発症機序に関する基礎研究までを渉猟しながら丁寧に検証されていることです。しかも結論は単に「濡れても風邪をひくとは限らない」という事実にとどまらず、それぞれの研究論文の読み方にまで踏み込まれていて、日々の診療などに潜む認知バイアスの解除や回避にも触れられていることです。「福耳は長寿の証か?」という問いも興味深く、いわば都市伝説に近い話題を、仏像や浮世絵、徳川家康の肖像画にまで目を向けながら、耳垂の長さが加齢とともに変化するという疫学データを持ち出し医学的に解釈する、という大胆かつ知的、かつウィットに富んだ試みにも驚かされました。
本書の章立ては、「医学的都市伝説」「身体」「日常生活」「食事や薬」「その他」に分かれ、1トピックごとに見開き数ページという手軽さとは裏腹に、内容は深く、分厚いものです。そして、エンターテインメントとしての強いフックも特徴です。都市伝説を暴け、なんて章タイトル、わくわくしませんか? こういった体験はいわゆる医学書では希少だと思います。それぞれの問いが、実臨床で出合う「ちょっとした会話」から生まれているのも本書の特徴で、まるで夜の当直の空き時間に剛士先生(上級医)から何気なく聞かされるような、ぜいたくな時間の追体験のような雰囲気も感じます。さらに特筆すべきは各章に込められた教育的視点です。ただの情報提供ではなく、教育者の育成の視点も組み込まれているということに感銘を受けました。週に一度、研修医に語っていらしたというこの医学トリビアは、医学知識の共有だけではなく、診療のなかで好奇心をもち続けるための“問いを立てる姿勢”を育む教材であり、そのエッセンスが全編に行きわたっていると言えます。

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