看護文芸
詩
長谷川 泉
,
中野 由紀子
,
丸山 静枝
pp.139
発行日 1966年9月1日
Published Date 1966/9/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661912888
- 有料閲覧
- 文献概要
和解
風 まだ昼すぎだというのにあたりは黄昏だった。おまえ 巨大な体を窮屈そうに灰色の衣に包み(だから余けいおまえの怒り強く感じたが)とげとげしく口笛を吹いていた。雲が追われるように途ほうもない速さで 西の空に馳っていった。口笛に怯えていた。私も怯えた。困惑した。私は レインコートの襟をたて裾をきっかり押え おまえの怒りの渦中に立ちつくすだけ。怒り猛ったおまえにソプラノきく耳はなかろうから も早や何もいわない。灰色のおまえ 私の可能性も灰色。愛のまなざしでおまえをみつめるだけ。朝 めざめたベッドのなかでおまえの存在をまさぐる。ポプラの葉のささやき 砂利の戯れ 子どもの歓声 それらを窓際まではこんでくれる。カーテンの向こうに新しい時が 新しい装いの風が。自然も人も 新しくめざめている。眠りからさめた五体に おまえ 新しい訪ずれを告げる。無言のうちに うごくような幸福を。あ あ おまえ薄紅色のさわやかさ。喜々とした私勢いよくカーテンを引く 窓を開ける。さあ おまえに 詩を告げよう。おまえ はにかんでいる。きのうを恥じるかのように。だが それらはもういってしまったのだ。私はこだわらない 私はおまえに手を差しのべる。さあ 香水の蓋をあけて呼吸させよう。ポプラの枝に 幸福が腰かけている。彼女たちに手をふろう。
Copyright © 1966, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.