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編集後記
pp.994
発行日 1999年10月10日
Published Date 1999/10/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552109090
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・八合目まではバスで行き残りを少し歩けば頂上でいかにも楽そう.途中を端折るのが好きな僕にはぴったりだ,というわけでこの夏休みは月山へ.鶴岡駅前からのバスで平野部を進んでいる時は好天で暑く雲はない.八合目近くになり気温は下がり風が強く霧が湧いている.霧が雲となり,雲の影が庄内平野に映り,日本海にまで延びて激しく動いているのがくっきり見える.台風並の前線が通過したばかりの不安定な天気でその雲の影の変化は急だった.子どもの頃にはよく見た風景だった.露伴に「雲の影」というエッセイがある.このことを「日がえりがする」と言うそうだ.そして,このエッセイの主張は次のようなことだったな,と思い出した.この雲の影のなかにいると,頭上だけの暗さを全体の天気ででもあるかのように勘違いしてしまう.部分的には間違いはないのだが全体的には間違っている.これを「同分妄見」と言う.雲の流れが早い,つまり時代が急激に変化している時によく「日がえり」があり,妄見が正見らしくあることは稀ではない.
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