ひろば
"なんにも言わないけれど"
村田 徳治郎
1
1慈生会ベトレヘムの園病院臨床検査科
pp.768
発行日 1974年7月15日
Published Date 1974/7/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1542908605
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あたり前だと思われるかもしれぬが,うでのよい技術者や腕前のよい技能者と称されている方々は,自分の使用している機器,道具をたいせつにするばかりではなく,他人が一見してもその機器,道具からおもいやることができるものである."弘法筆をえらばず"と申されるが,もしすば"弘法筆をえらべば"さらにらしい文字となるであろう.
ある病院検査室へある友人が就職のため面接のおり,院長は最近式の検査機器をゆび指し誇って言ったものである"余は機器を人の技術より信じる.ゆえに人件費は倹約しても機器中心とした"と.しかしこれから検査する検体が,処理ずみの材料かわからないほど散乱しているのを院長の肩ごしからかいまみて,人間関係を悲観して就職は見合わしたとこの友人はいう.今月今日になるとそれにしても思い出す.私が研修のため某研究所に出張した時,"わあ!すごい比色計使っているな,よく使いこなせるな……おぬしは"現在ではもうお目にかかれないほど古い器種であった."これにも三分の魂があるわよ"と使用している若い女性技師に軽くたしなめられたが,胸中私はこの器械を使用して出される検査データはだいじょうぶだろうかと疑っていた.ある日もう帰ろうかと思ってふとうしろをふり返ると,使用器機にていねいにカバーをかぶせながら小声で器械に"ご苦労さまでした"と例の若い女性技師がやさしくいたわっていたのである.
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