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はじめに
古くより「以心伝心」「阿吽の呼吸」などという言葉が用いられてきたように,わが国は非言語的なコミュニケーションが豊かな国である。それと同時に,「口数が少ない」が美徳であったように,言語的コミュニケーションは軽視されてきたきらいがある。礼儀作法やしきたりや上下関係などの規範や文化が明確な時代では,言葉のコミュニケーションは少なくても,だいたいの共通理解を得ることができたのであろう。しかし,社会の規範や文化が多様で曖昧になるともに,非言語的なものを主体とするコミュニケーションは誤解を生じやすいものとなり,正確なコミュニケーションを行うために,言葉がより重要になってきたのである。
そもそも日常生活におけるコミュニケーションというものは,実際には,それほど正確なものではない。曖昧な共通理解というところが普通で,お互いにわかり合っているかのように誤解しているというほうが正確かもしれない。たとえわかり合っていなくとも,どちらかが我慢したり,歩み寄ったりすればわかり合っているように見えるし,多少の誤解はすぐに埋め合わせることもできる。その一方で,お互いにわかり合っているという人間関係に潜む思い違いが,ある出来事をきっかけに顕在化することも,しばしば経験することである。以上に述べたように,日常の人間関係においては,あまり意識しなくとも,ある程度の共通理解が成立していると言えるかもしれない。それは,言葉の背景の規範や文化に共有されているものが多いからであると考えられる。
そうは言っても,日常生活の感覚で精神科臨床を行っていると,思わぬ誤解が生ずることが少なくない。それは,治療者と患者・家族との間で交わされる言葉に内包されている意味が,大きく異なることが多いからだと思う。それにはいくつかの理由があるだろう。
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