巻頭随想
幟竿
中村 汀女
pp.9
発行日 1964年6月1日
Published Date 1964/6/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611202765
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先晩は,大阪から久しぶり揃って上京したからとて,M博士夫妻が訪ねて来られた.当時税関のお医者さまで,そしてまた同郷とあって,私たちも赴任早々すっかりお世話になった.数えてみればもう40年近い昔のことである.私たちのすまいも税関官舎,築港の阿治川口に近いところとて朝早くから船音がして,夜はまた,二階の窓の高さあたりを檣灯がすうっと過ぎていた.ふるえて過ぎるその灯は,潮の流れを思わせ,河幅をも昼間よりも明らかにしのばせた.
そこで知己になったのが助産婦の田原さんである.産婆さんと呼んだ方がずっと親しく,あのふくよかな笑顔を思い出す.もちろんM夫人の紹介で,私どもの長男がそこで誕生した.
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