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アメリカ精神医学会のホームページから,DSM-Ⅴの改訂にむけての動向が垣間見られる。その作業委員会の議論で目を見張らせられるのは,現段階ではあくまで提言の段階にとどまるわけだが,統合失調症と躁うつ病の二分法を廃棄,ないしいったんカッコ入れして,これらを包括する「全般性精神病症候群」(general psychosis syndrome)の概念が提唱されていることである。この提言を導くうえで重要な役割を果たしているのは,統合失調症と双極性障害の双方にかかわる共通の感受性遺伝子,ないし遺伝子変化がいくつか同定されたという分子遺伝学の最新の知見のようである。もしも,全般性症候群の概念の提言が採択されるなら,精神医学にとり一大革命となることは間違いない。それはネオクレペリズムからネオグリージンガリズムへの方向転換といえるのではないだろうか。ドイツの学派に事寄せて言うなら,現代の最新精神医学はハイデルベルグ学派からチュービンゲン学派への接近をみせているといって差し支えないだろう。
くしくも本書は,Gaup R,Mauz F,Kretschmer E,Schulte Wらが名を連ねるチュービンゲン学派の代表的研究論文の収録と主要な人物の紹介をした大変貴重な文献である。研究論文の巻頭にGriesinger Wの「ベルリン大学精神医学開設に際しての講演」が据えられている。Griesingerがチュービンゲン学派の旗印となる「多次元精神医学」の考え方を最初に表明していたという理論的な系譜関係にとどまらず,1854年より6年間チュービンゲン大学内科の正教授の任にあったという事実を知り,このドイツ精神医学の開祖が広義のチュービンゲン学派に組み入れられた事情がよくわかった。Kretschmerの論考「パラノイア学説の現代的発展のための原則について」で,「パラノイア性の反応あるいは発展」の成立の1要因として,躁うつ病性ないし統合失調症性の内因性の基底の存在に注目していることを知り,興味をひかれた。たぶんこの点は,パラノイア研究の先駆者であるGaupと大きく立場を異にする点であろう。そもそも,内因性概念はハイデルベルク学派が専門とする観点と思われる。
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